続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

心療内科に通っています

1月下旬から心療内科に通っています。病名はなく、「軽いうつ症状」とだけ説明されて投薬治療を受けています。

新年度をむかえ、身の回りに否が応にも変化が起こりそうな今だからこそ、この3ヶ月のことを振り返ってみようと思いました。

受診を決めた理由

私がはじめて心療内科に足を運んだのは1月21日、クリニックに予約を入れようと決めたのはその週の頭の真夜中でした。

そのころの私は、昨年の7月以降のことがほとんど思い出せなくなっていました。秋には楽しいはずのことを楽しめなくなり、冬には一切の「判断をする」ということができなくなっていました。たとえば帰省のために新幹線を使うか、高速バスを使うか、空路を使うか、そんなことさえ考えるのが億劫になっていました。
年末、仕事納めを控えたころに、凄まじい肩こりでベッドから起き上がれなくなりました。お正月にはほうほうの体で実家に帰り、ひたすら小説を読み眠るだけの生活をしました。
体調不良はその後も後を引き、明らかな不眠症状が出るようになりました。ホームドアのない駅で、線路を臨む高架で、踏み切りの傍らで、電車にはねられる妄想を繰り返しました。家では唐突に涙が流れましたし、一気に食欲がなくなりました。

それでも私は毎日出社することができていました。仕事も忙しくはありませんでした。大きな責任を負ったり、職場の人間関係に問題があるわけでもありませんでした。

そんなとき、偶然加藤諦三『心の休ませ方―「つらい時」をやり過ごす心理学』を手に取りました。大学時代、ある演習のテキストがこの人の著書だったため、どのような考えの持ち主なのかはあらかじめ知っていました。この本は繰り返し繰り返し読者が「疲れている」「傷ついている」「苦しんでいる」と説いていました。

このままでは確実に症状が悪化していくだろう。日常生活を営むことはどんどん苦痛になっていくだろう。他人や社会と関わることができなくなっていくだろう。スリープモードのPCの青いLEDが明滅する暗い部屋の中で、そんなことを考えて心療内科に予約を入れる決心をしました。

初めての受診

初めてクリニックで受診した日、先生からは「疲れが溜まっているのでしょう」「元々の性格もあるかもしれません」と言われました。それを聞いて私は「理解してもらえていない」と失望しました。私は何か、いますぐ救いになるようなことを言ってもらいたかったのだと思います。今となっては甘えだと一蹴してしまえますが、そのときは藁にもすがる気持ちだったのです。

先生には救ってもらえなかった。それなら自分で自分を支えなければならない。

両親にはその日のうちに処方箋の写真とともに通院を始めたことを連絡しました。薬名を調べて病状を察するくらいのリテラシーはある両親だったので、労わりの言葉をかけてくれました。

その数日後、たまたま上司との面談の機会があったので、投薬治療を受けていることや、自分にふりかかっている諸症状を説明しました。これは流石に口で全てを説明するのが難しかったので、あらかじめメールを送っておきました。上司や直上の先輩は差別的、批判的な態度を取ることなく理解を示してくれたので、私は本当に運が良かったと思います。

疲労と戦うことをやめた

薬が効き始めるまで、体調はどんどん悪くなっていきました。テレビの音が聞けなくなり、5行以上続く文章が読めなくなり、仕事に行く以外の時間をほとんど寝て過ごすようになりました。
私はあえて症状の悪化を肯定してみることにしました。どうしても行きたくない日には会社をためらわずに休みました。数年分の年休が余っていましたし、私にはほとんど仕事がありませんでしたから。
Facebookを見るのをやめ、Twitter(@yunokixxxとは別のアカウントです)で見たくないようなツイートをするフォロワーを排除したリストを作りました。本が読めなかったので、ブログを読むようになりました。ブログは見出しが差し挟まれる分、読みやすかったのです。
半分寝たきりのような生活を送る一方で、毎晩湯船に浸かる、3食食べたものを記録するなど乱れきっていた生活の改善も試みました。ライフハック系のブログを巡るようになったことはここでも役に立ちました。GTDの考え方を知ったり、「本が読めるようになったら読みたい本」のリストを作ったりしました。

元気になるとどんどん元気になる

2月末をピークに、私の症状はどんどんよくなっていきました。このブログを始めたのも前向きな考えができるようになったからです。今では仕事を休むことはほとんどありませんし、見られなくなっていたテレビやアニメを見れるようになり、読めなくなっていた実用書を読めるようにまで回復しました。
まだ、イヤホンで音楽を聴いたり、小説を読むことはできませんが、いずれそれらもできるようになっていくでしょう。

通院し始める前の私は精神疲労の負のスパイラルに陥っていたように思います。疲労に抗って日常生活を営もうとするから余計に疲労する、増えた疲労にさらに抗って……と苦痛をどんどん肥大化させていたのでしょう。
この記事を目に留めた方で、もし「負のスパイラル」に陥っている人がいたら、こじらせる前に病院に行くことをおすすめします。うつが「心の風邪」と表現されるようになって久しいですが、風邪は適切に休養しなければ肺炎を引き起こし、人を死に至らしめることだってあるのです。

底期にいる間、最も苦痛だったこと

この記事を目に留めた方本人がうつ症状に陥らなくても、身近な人がうつになることは十分ありうる事です。私にとってうつ症状のピークに最も苦痛だったのは母から毎夜かかってくる安否確認の電話でした。
母は電話を通して私の負の感情を引き出して発散させたかったようですが、それはまったくの逆効果でした。負の感情を口に出して発散すればするほど、自分の言葉がどんどん自分に突き刺さっていくのです。結局、私は「連絡はメールに留めてほしい」と母だけでなく父にもお願いしました。

 

私は病名がつくほど状況が深刻でもありませんでしたし、仕事にもゆとりがありました。何より、うつ病を患う人間が多い業界とあって、職場にも理解がありました(それがいいことかどうかは分かりませんが……)。
うつ症状がひどい間は、本当に苦しかったです。「軽度のうつ状態」でこれなら、「重度のうつ状態」や「うつ病」はどれだけ苦しいのだろうと恐ろしくなります。うつ状態になる前に、自分の精神疲労は認めてしまったほうがいいと思いますよ。

 

それでは、また。

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