続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

その仕事は「生き方」か、「職業」か?

「定時ダッシュ」に定評がある身ですが、ここ最近仕事が立て込んでいます。この状況はどうも夏いっぱいまで続きそうで、体調がすっかり回復してきていることが救いです。

そんな今日この頃ですが(不本意にも)残業をしながら次のようなことを考えていました。

f:id:yunokixxx:20120501072614j:plain

様々な職業、様々なスタンス

世間には様々な職業があります。

のように「どのようなかたちで雇用されているか」を表したものもあれば、

  • 事務
  • 営業
  • 販売員
  • デザイナー
  • エンジニア
  • ライター

のように「どのような業務を行なっているか」を表したものもあります。

その一方で、ひとつの職場で同じ業務に従事する人たちも、それぞれが様々なスタンスで仕事をしています。

  • その仕事が「職業」である人
  • その仕事が「生き方」である人

後者の人々の中には「その職業として生きるという姿勢」が周囲から度が過ぎているように見られ、ワーカホリックだと思われている人もいることでしょう。自分がどちらであるかは次の言葉の「○○」の部分に自分の職業を当てはめてみると分かるかもしれません。

「私は○○として死にたい」

少なくとも私は○○としては死にたくない!

「職業の人」と「生き方の人」の共存を考える

度合いの差こそあるでしょうが、「職場」は仕事が「職業の人」と「生き方の人」が入り混じってできています。
「職業の人」はそうまでする必要のない仕事をすすんで家に持ち帰る人の姿を見て「病気だ」と思うかもしれません。「生き方の人」は自分に舞い込む仕事を嫌がり、最低限の仕事をこなして定時後の自分の予定ばかり気にする人の姿を見て「怠慢だ」と感じるかもしれません。

しかし与えられた給与に見合う仕事をしているならば、どんなスタンスで働いていても許されるわけです。

両者が気持ちよく働いていくには、自分と相手の間のスタンスの差を了承することが必要です。
「職業の人」は自分がそれほど重きを置いていないその仕事に情熱を燃やす「生き方の人」が存在することを肝に銘じ、少なくともその「生き方」に対して不敬にならないように働くべきです。何しろそれは尊重すべき彼らの「信念」や「生き様」なのですから。
「生き方の人」は自分が情熱を燃やし、自分の知力・体力・時間などあらゆるリソースをつぎ込むだけの価値があると思っているその仕事に、ただ日々の糧を得ようと従事している人がいることを理解すべきでしょう。「職業の人」は持てる資源を仕事でなく、副業や趣味や人間関係などに注ぎ込んでいるのかもしれないのです。

 

お互いのスタンスの差を認め合うことができれば、仕事上の人間関係がもっと円滑になるというケースもあるのではないでしょうか。

それでは、また。

track feed すみっこの記