続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

実名とHNのあいだにある「ねじれ」

Facebookは実名で、このブログはハンドルネームで書いているゆのきです。

Facebookを通じた交流というものに心惹かれるものの、Facebook上での人の輪に加わるには「ゆのき」としてのアカウントを取得しなければならないな……と感じる今日この頃です。

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そんなわけで、部員募集中です。 Health Hack部の主たる活動はFacebook上でチャレンジの宣言とそれに対する活動を行うため、参加資格は「Facebookアカウントを持っていること」です。来 ...
このブログの更新情報も、「ゆのき」としてアカウントを持っているTwitterではツイートしていますが、Facebookでシェアしようとは思っていません。

自分にとってFacebookアカウントとは?

そもそも、私がFacebookのアカウントを取得したのは仕事で必要だったからです。FacebookというWebサービスが今ほど浸透していなかった頃、「Facebook連携ってなに?」「そもそもFacebookって何ができるの?どんな画面なの?」ということを知る必要があったため、当時同じプロジェクトに携わっていた先輩とアカウントを取得し、友人リクエストを送ったのが一番最初のFacebook体験です。今も細々とFacebookを使っていますが、「友人」は実名で知り合った人ばかりです。

実名とHNの間にある「ねじれ」

Facebook上での交流用にもうひとつアカウントを取得しようかな……?そう考えたとき気になってくるのは、「何故自分は別のアカウントを必要としているのだろう?」ということです。
思いついた理由は(掘り下げればもっとあるでしょうが)次のふたつでした。

  • HNで私を知った人に実名での行いを知られたくない
  • 実名で私を知った人にHNでの行いを知られたくない

そして、前者にはそれほど抵抗がなく、むしろ後者の方は耐え難い嫌悪を感じるということに気づきました。

ブログやTwitterやワークショップで「GTDってすごいな有益だなー」「マインドマップって便利だなー」「あの本面白かったなー」「あの映画面白かったなー」と発信している「ゆのき」というペルソナ。
一方、毎日決まった電車に乗って出社し、プログラムを書き、資料を作成し、会議に参加し、飲み会で世間話をしている実名を名乗るペルソナ。

こうしてみると、私は「ゆのき」でいるときのほうが、実名でいるときよりもずっと素の自分をさらけ出しているようです。
実名よりも、HNを名乗っている方が自分らしく行動できる。これが「ねじれ」でなくて何でしょう?

HNで行動に翼を授ける

四半世紀の間ずっと名乗り続けてきた名前には、その分だけしがらみがあります。

「常識と模範解答と平均点」とは、第1回アシタノワークショップの@jMatsuzakiさんの講演の中に出てきた表現です。

私はいかにして再起したか?過去の挫折と勇敢に立ち上がったあの日をもう一度振り返ってみる | 旧jMatsuzaki
私の”ものさし”はいつでも常識と模範解答と平均点でした。私の人生はもっぱら「アメ」と「ムチ」と「忍耐」によって形作られていました。 ...

こちらの言葉を借りると、私にとって「ゆのき」というペルソナは「常識と模範解答と平均点」というものさしから自由になるための翼なのかもしれません。

そもそもこのブログ自体、最初の記事に書いたとおり、会社員生活を送る間にすっかり鈍ってしまった「私自身の口」を取り戻すためにはじめたものでした。このねじれはいつか、どこかで解消できるものなのでしょうか?それとも今後もねじれ続けるものなのでしょうか?

 

それでは、また。

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