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続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

尽きぬ理不尽との戦いから逃げ出した人間の呟き

体は唐揚げ弁当(500円)でできている。
血潮は無印の紅茶で、心はオフィスグリコ。
幾たびの修羅場を越えて勤続。
ただの一度も理不尽に抗わず、
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り、数多の排熱ファンの間でタスクに追われる。
故に、生涯に意味はなく。
その体は、きっと唐揚げ弁当(500円)でできていた。

私が職場を離れる前の話をしよう

私は2012年の6月の中旬に職場を離れました。職場を離れるまでには冬から初夏に至る通院と、秋から冬、否、ひょっとしたらもっと前から続いていた「かの非情なる現実」との戦いがありました。むしろ、通院に至ったのは「かの非情なる現実」との戦いで自分の脳が機能不全に至ったことに気づいたからです。

「かの非情なる現実」、そう、私が尊敬する有名ブロガーが多用するこの世界の一側面を、私は私なりに「尽きぬ理不尽」と呼ぼうと思います。

昨今のビジネス書が「日本的」だという組織にはしばしば「尽きぬ理不尽」が詰まっています。例を以下に挙げてみましょう。

  • 無意味に思われる慣習
  • 非効率に思われる作業
  • 不可能に思われる見積
  • 理不尽に思われる人間関係
  • 無駄に思われるミーティング
  • 時代にそぐわないと思われる作業環境

無意味でないのなら、非効率でないのなら、不可能でないのなら、無駄でないのなら、時代に即しているのなら是非それを語って聞かせて欲しい。そうでなければ、この「尽きぬ理不尽」に対する怒りは収まらない!

心療内科に予約を入れる決心をするまで、私は「尽きぬ理不尽」に対して怒りを燃やし、その怒りを鎮め、押し込めることに躍起になっていました。

怒りが持つエネルギー

その頃ほど、「怒り」という感情が持つ苛烈なエネルギーを実感したことはありません。

「怒り」はまさに炎でした。「怒り」は「尽きぬ理不尽」との戦いによって枯れた野原のような私の心を容赦なく焼き払いました。

「怒り」が込み上げる度に脳細胞が壊れていくように感じる。
「怒り」を押さえ込む度に脳の機能が停止していくのを感じる。

そして残ったのは「無気力」と「徒労感」と「絶望」に満ちた焦土の如き心と、立ち上がることさえできなくなった身体でした。

それは意味のある戦いだったのか

スターリングラードの防衛戦のような泥沼じみた戦いを終えてみて感じるのです。それは意味のある戦いだったのだろうかと。

私はもっと早く逃げても良かったのではないだろうか。もっと早く炎を押さえ込むのをやめればよかったのではないだろうか。味方は本当にいなかったのだろうか。

楽しかったことを楽しめなくなり、嬉しかったことを喜べなくなり、幸せだったことを幸せと思えなくなる、という経験をしてみて思うのです。同じような戦いは他の人にはして欲しくないものだ、と。

あなたの生涯が意味の無いものになるべきではない。なっていいはずがない。
自分が壊れてからでは遅い、休むための道を探して欲しい。

そんな風に感じる、今日この頃です。
あんまり頑張りすぎるな、@さん!

【雑記】自分が言うこと聞かないのよね - なんかカラフルな生活
考えよう、考えようとすると、脳が固まっているのがわかる。 ぎりぎりと回転させようにしても、その行為自体に疲れてしまう。 ...

冒頭の文章の元ネタが分からない人はこちら

それでは、また。

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