続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

「SNS時代」は「コンプレックスの時代」なのかもしれない

@さんの次のエントリーを見て、懐かしさに身悶えたゆのきです。

私とブログとホームページとインターネットと 【 マインドマップ1年生 plus ライフハック! 】
当時は掲示板とチャットが主でしたね。 テレホーダイの限られた時間で、夜から朝まで語り明かしたり。 お絵描き掲示板にお絵描きチャット、 ああ、ウェブリングや同盟、コトバ宇宙「-宙」なんてのもあったなあ。 ...

懐かしいなぁ、テキストサイトをキャッシュに溜めて、オフラインモードで読んでいた日々。私の両手の3本ずつしか指を使わない間違ったタイピングは、かつてのチャット全盛期に培われた(負の)財産です。

ウェブトレンドの変化

こうして過去を振り返ってみると、かつて中高生だった私が熱中したウェブのトレンドと、現在のそれの間には大きな隔たりがあります。

  • 回線使用費が定額化したことにより、大容量のデータ(画像、映像)を扱えるようになった
  • 優れた無料サービスの出現により、一般個人が情報発信するハードルが下がった
  • 携帯デバイスの進化により、瞬間的な情報が画像・位置情報つきで発信されるようになった
  • TwitterFacebookの出現により、発信される情報がリアルタイム性を持つようになった

特に「瞬間的」「リアルタイム」「画像」「位置情報」は重要なポイントです。

「シェア」される出来事

ところで、TwitterFacebookでシェアされるのは、ポジティブな出来事であることの方が圧倒的に多いはずです。

今この瞬間も、

  • いつ、どこの店で服を買った
  • どこで、誰と食事をした
  • どういうメンバーで、どんな会を開いた

などのようなハレの出来事が「画像」と「位置情報」と共に、「リアルタイム」で「瞬間的」なポジティブな感情と共にウェブ上に発信されています。

かの非情なる現実

一方で、私たちの日常はポジティブな出来事ばかりではありません。むしろネガティブな側面の方が多いと感じている人もいるかもしれない。ネガティブな状態に置かれたまま「シェア」されてくる情報を受け取っていると、その情報に対してコンプレックスを抱いてしまうことがあります。

たった140字に満たない呟きと1枚の画像でも、それらが詰み上げられたときの威力は凄まじいものがあります。私のようなコンプレックスの塊にとっては、つい現実に失望することさえあります。

例えば、ケーキと紅茶で2000円以上するお店で雑談をする女子大生の呟き。無邪気な「おいしい」という感想を見ながら「ああ、この子は財布にお金がない状態で1週間を食いつないだことなんてないんだろうなぁ」と思います。空の冷蔵庫に絶望した日々、懐かしいですね。

あるいは、デパートの化粧品売り場を歩く女子大生の呟き。「かわいい(*´ω`*)これすごく欲しい」という他愛のない感想を見ながら「ああ、デパートがそこらじゅうにある場所が生活圏で、ひとつ5000円以上する化粧品を買うことが現実的な子なんだなぁ」と羨ましく思います。デパートの化粧品売り場なんて今でも近づけません、化粧品ってどうしてあんなに高いの?

そして、アニメの実況に湧く、ハッシュタグもなしに「キター!」「うわあああああ!!!」という絶叫が流れていくタイムライン。「ああ、みんなこの番組をリアルタイムで見られる地域に住んでるんだね」と思います。故郷ではアニメなんて週に2本くらいしかやってません。

SNS時代には「自分軸」が必要だ

先日本田直之さんの『LESS IS MORE 自由に生きるために、幸せについて考えてみた。』を読んで、これからの時代は「自分軸」を持つことが必要だと実感したのですが、これはSNSとの付き合い方にも当てはまるように思います。

『LESS IS MORE 自由に生きるために、幸せについて考えてみた。』を読みました - すみっこの記
物質的な豊かさにこだわらず、本当に自分の欲しいものだけを身の周りに置こうとする「今どき」の人々。そこには新しい価値観と「自分軸」とも呼べるものが形成されつつあります。 ...

込み上げるネガティブな感情に振り回されないよう、「本当に自分が欲しいものは何か?」「自分にとって本当に価値のあるものは何か?」を考える必要がありそうです。

LESS IS MORE 自由に生きるために、幸せについて考えてみた。

LESS IS MORE 自由に生きるために、幸せについて考えてみた。

それでは、また。

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