続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

一人暮らし者にとっての実家という魔窟

なんだか最近やたらと実家に帰っている気がするゆのきです。実は来週にも帰省するのです。もうお盆には帰らんぞ!お盆に帰ったことないですけどね。

実家、そこに私の居場所はない

実家を離れて幾年月、そこに私の居場所は(物理的な意味で)なくなってしまいました。

私がPCと手帳をいっぺんに広げられるスペースは食卓の片隅にしかないのです。食卓の周りにはほとんどいつでも誰かがいて、テレビを見たり、お酒を飲んだり、おやつを食べたりしています。

私は基本的に「ながら」作業ができません。PCで作業をしながらできるのは音楽を聴くことくらいで、テレビの音を聞きながら、あるいは人と喋りながら作業をすることができないのです。しかし家族はそんなこと知ったこっちゃありません。話しかけられれば応えざるをえませんし、目の前にお酒があって飲まないという選択が私にはできません。というか家族全員できません

そしてこの台所、エアコンがないので日中はものすごく暑いのです。おかげで私は涼を求めて彷徨わざるをえなくなります。最終的に行き着いたのはピアノの椅子の上でした。私の作業環境がこんなに劣悪なわけがない。

実家、そこに私の自由はない

車に乗らなくなって幾年月、私には周りがいちめんのすいでん、いちめんのすいでん、いちめんのすいでん、かりとられたむぎばたけ、いちめんのすいでん……な実家から出る手段がありません。雨で自転車に乗れない場合など、完璧に家に閉じこもらざるをえなくなります。

どうでもいいですが枯山水の庭がただの池と化していました。枯れてない。

実家、そこは私の習慣をぶち壊す

家族と離れて暮らすようになって幾年月、完全に一人暮らしでの習慣が身についてしまった私ですが、家族はそんなこと知りません。

家族は私が朝起きてモーニングページに思いついたことを書き綴っている間もひっきりなしに話しかけてきます。腹八分目を心がけているにもかかわらずどんどんご飯を食べさせられ、デザートとおやつが目の前に置かれます。ありがた迷惑とはこういうことをいうのでしょう。

とにかく実家という環境にはメリハリがない。それに巻き込まれるうちに行動記録も週次レビューも吹っ飛んでしまいました。

 

帰る場所があることが幸せだとは重々承知しているのですが、一旦崩れた習慣を取り戻すのは大変辛いものです。せめて、静かにPCに向かえるスペースがあればよいのですが。

 

どうでもいいけどはてなブログのモバイル更新てあれだね、(規制音)だね。

それでは、また。

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