続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

都会に生まれ育ったあなたたちへ。田舎がファンタジーと化してはいないだろうか?

富山県の農村部に生まれ育ったゆのきです。そんな私が都会に住み始めて感じたのは、都会に生まれ育った人たちと、あまりにも感覚が合わないことでした。

想像してください

想像してください、徒歩圏内にコンビニや、スーパーマーケットや、駅がない暮らしを。想像してください、NHK以外の地上波が2~3局しか見られないテレビを。

想像してください、冬には雪に降り込められ、家やビルが灰色に沈む街を。想像してください、時期によっては電車のドアが駅に着いても開かず、よいしょと自分で開けねばならない路線を。

想像してください、大きな駅の周辺にさえ、モレスキンほぼ日手帳ロディアを売る店がない地域を。想像してください、県庁所在地の駅前に、マクドナルドもスターバックスもない土地を。

想像してください、誰もが車で会社に通うために、「終電」という区切りのない労働環境を。想像してください、時給700円のバイトにさえありつくのが難しく、再就職などもってのほかな社会を。

地方がファンタジーになってはいないだろうか

都会に生まれ育ったあなたたちにとって、「地方」というものはファンタジーになっていないでしょうか。そこはたまの旅行で訪れる場所に過ぎない、非現実の世界だと無意識のうちにみなしてはいないでしょうか。

しかし、そんな「地方」にも人間の生活があります。あなたたちと生物的にはまったく違わない人間たちが、あなたたちとまったく違う環境で生活を送っています。その現実があなたたちには実感できないかもしれない。あなたたちにとって「地方」はないのと同じなのかもしれない。

けれど、「地方」に住む人間はテレビや新聞によってあなたたちの生活の片鱗を見ています。自分たちが関わることのできない「都会」で物事が動き、自分たちの生活に影響を及ぼしていることを知っています。

まずは「地方」の存在を自分の地図に書き込もう

「カフェにMac Book Airを持ち込んで仕事をする」という行動が「ノマド(笑)」になってしまう理由のひとつには、それが都会でしか実現しないことだからだと私は思っています。私は東京に住んでからというもの、都会の人たちの地図は都会の中だけで完結しているということを繰り返し繰り返し感じてきました。

まずは、「地方」の存在を自分の地図に書き込んでください。田舎の人間は既に、都会の存在を自分の地図に書き込んでいます。それからあなたが地図に書き込んだ「地方」で、暮らすことも、友達を作ることも、会社を立てることもできることを考えてみてください。

想像してください、ファンタジーの世界にすぎなかった「田舎」が、そのときあなたのものになる。いったいどれくらいあなたの世界は広くなることでしょう?

 

想像してください、高校卒業後の進路が「大学進学」か「フリーター」しかない地方を。想像してください、おしゃれな服も、靴も、高速バスに乗って隣県に行かなくては買うことができない高校生たちを。

想像してください。

それでは、また。

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