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続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

【休職日記】Vol.14 創作噺「顔本」

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【休職日記】Vol.0 診断書をもらうまで

【休職日記】Vol.1 さらば職場

【休職日記】Vol.2 休職期間に入りました

【休職日記】Vol.3 実家に帰りました

【休職日記】Vol.4 東京へ戻ってきました

【休職日記】Vol.5 KINGDOM NEETS

【休職日記】Vol.6 延長戦に入りました

【休職日記】Vol.7 炎上ランデブー

【休職日記】Vol.8 休職して1ヶ月半、リハビリ始めました

【休職日記】Vol.9 休職モラトリアム

【休職日記】Vol.10 リハビリ→減薬→睡眠リズム崩壊

【休職日記】Vol.11 「休職おかわり」

【休職日記】Vol.12 ツレもウツになりまして。

【休職日記】Vol.13 激しく復職の予感!

え、世間にゃあ「黒い店」なんて呼ばれる店もあるようではございますが、その実、店なんて奴ぁ老舗に大店、暖簾分けしたばかりの小せぇところまで、どこでも多かれ少なかれ「黒い」ところがあるもんでございます。

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新 橋の辺りに暖簾分けしてもう何年も経つ店がありやした。この店がまた、人の使い方がまずいのか、人を使う人がまずいのか、小僧から手代まで、奉公人が病ん だり辞めたりと、なかなか仕事がまわらねぇ。あるときとうとう、暖簾を分けた大店の御隠居が、見るに見かねて店へやってきやした。

「てめぇら、ちゃぁんと人を人として扱ってンだろうナァ?!」

腕利きで鳴らした御隠居がジロリと番頭、番頭株をひと睨み。睨まれた方は堪ったもんじゃねぇ、すぐに奉公人の扱いを見直した。御隠居はつづけて、店にいる奉公人たちをぐぅるりと見渡した。

「てめぇら、この店に不満があるなら俺に言え。なぁに、この俺が番頭どもには文句を言わせねぇ」

それを聞いた手代に小僧、めいめいほっと胸を撫で下ろし、日々の怨みつらみを御隠居相手に語って聞かせやしたとさ。

さぁて鶴の一声で店の仕事が一気に回るようになった。暇を貰う奉公人もいなくなり、仕事は捗る一方だ。御隠居はてきぱき働く奉公人連中を見て、安心して元の店へと帰って行きやしたとさ。

ところがだ、店の仕事が一気に回るようになると、今度は手に負えねぇ商いまで手がけるようになっちまった。これには手代も小僧も堪らねぇ。無理な仕事に胸を病むもの、嫌気が差して郷里に帰るもの、辛ぇ仕事を投げ出すものが出る始末。

それを知った御隠居、頭にカッカと血を上らせて飲んでた湯飲みをひっくり返す。

「何でェ、あいつら、商売の仕方も人の使い方もわかっちゃいねぇのか!」

 

と ころでその店の小僧に、権助ってぇ奴がいた。得意なこともねぇが、言われた仕事はちゃあんとこなす、時間にだけは正確な奴だ。こいつは店が人の使い方を間 違えようが、店が無理な商いに手を出そうが、一所懸命働いていましたが、そのうちとうとう胸を病むようになりやした。しばらくはお医者に通いながら騙し騙 し働いちゃいたが、ある日とうとう布団から起き上がれなくなっちまった。

お医者が番頭に向かって言うには、「この小僧はしばらく働けません。治るまで暇をやっちゃあ、くれねぇでしょうか」。お医者に言われたんじゃ番頭も「いや」とは言えねぇ。権助は暇をもらって長屋で養生することになりやした。

 

お医者の薬とじゅうぶんな休みをもらった権助、四ヵ月かかってようやく「奉公先に戻っていい」とお医者からゆるしが出た。権助はそりゃあもう大喜びで、仲間連中に知らせてまわります。

「おぅい八っつぁん、おいら、来月から店に戻るんだ。またよくしてやってくれよ」

「なぁ喜ぃちゃん、おいら、とうとう店に戻れるようになってんでぇ。こうして昼間ッから遊べるのも最後になるナァ」

さて、ところが、権助の奉公先の番頭はえらく耳が早かった。権助が仲間連中に「店に戻る」ことを吹聴しているのを聞きつけて、慌てて番頭株を呼びつけた。

「へぇ番頭さん、いったいなんでしょう?」

「お前、権助が店に戻ってくると知っていたかい?」

「そいつぁ今聞きやした、よかったよかった、これで使える人間が増える」

番頭株の安心顔に、番頭は「おらいりぃ」ナンて書かれた本をぶっつけた。

「痛ぇっ!何するんです、旦那ァ!」

「馬鹿野郎、このトントンチキが。このことが御隠居の耳に入ってみろ、また俺たちが睨まれらぁ」

「ええっ、店に戻ってくるのはいいことなんじゃねぇんですかい?」

「ダメだダメだ、暇をやったことだって御隠居は気にいらねぇんだ。さァ、チョッと行って権助を黙らせて来やがれ」

釈然としねぇながらも、番頭株は痛ぇ鼻を押さえながら権助の長屋まで飛んでいった。それから権助に向かってこう言った。

「権助、おめぇが戻ってくるのはありがてぇ。でも仲間連中に吹聴するのは止してくれねぇかい」

「へぇ、どうしてです。俺の仲間連中はみぃんな俺の病のことを心配してくれてたんで、俺は早いこと安心さしてやりたかったんですが、ダメだっていうんですか」

「とにかくダメなんだ、おめぇが治ったことを吹聴してまわると俺が番頭さんに叱られる。見てご覧よ、この赤ぇ鼻。番頭さんが俺の顔に本をぶっつけたのさ」

「顔に本、そいつぁ怖ぇや、しかたねぇ、もう治ったことは人には言わず、静かに暮らしやす」

げに、顔本というやつは恐ろしいものです。

おあとがよろしいようで。

 

この噺はフィクションです。実在するサービス、企業、組織、人物とは何の関係もありません。

 

それでは、また。

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