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続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

世の人もすなるといふ朝活といふものを、我もしてみむとしてするなり。

先日、渋谷で行われた朝活イベントに参加してきたゆのきです。

【感謝感激!朝活万歳!あと1名!】隣の人の話に耳を傾けよう!★BIG!! 価値観シェア朝活★WITH富山朝活界の大御所 IN BEEZ【渋谷 | Facebook
今回、朝活パパ壱号の楠田さんと、朝活ネットワーク富山の永吉さんの協力をえまして、朝活を主催させていただきます! ...

当初の目的は富山の朝活コミュニティの第一人者に会いにいくことだったのですが、朝活というものに参加したのが初めてだったのでとても刺激的でした。

価値観をシェアするには言葉の定義が必要だ

今回私が参加した朝活は「価値観シェア朝活」。同じテーブルの人とニーチェの名言に耳を傾け、それに同意するかしないか、なぜそう思ったのかをシェアし合うという形式でした。これに参加していて感じたのが、「言葉の定義」の重要性でした。

たとえば「愛」という言葉。この言葉にはエロース(性愛)も、アガペー(神の無償の愛)も、敬愛も親愛も含まれています。この名言における「愛」がどれを指しているのか、それをまずシェアしなければ価値観のシェアは上手くいかず、上滑りするだけだと感じました。

ひとつの詩的な名言に対して互いの価値観をシェアし合うには、お互いが本当に同じ解釈をしているのかを確認しておく必要があったと思います。先ほどの「愛」の例でいえば、「男女間の愛のみに限った話」なのか、「社会全体でいえる話」なのか、「家族の愛でいう話」なのか、それぞれのメンバーが違う解釈をしていれば価値観のシェアには至らず、「解釈のシェア」に留まってしまいます

朝の時間をシェアするということ

私は元々朝型生活を営む人間です。会社に行っていたときも、22時に眠り4時に起きて趣味の活動を行い、始業時間の30分前には自席に着いて読書やRSSの消化を行う、という「ひとり朝活」とでもいえる時間を過ごしていました。ずっと当然のようにその生活を続けていたためか、あえて朝の時間を他人とシェアする必要はないな、と感じました。

むしろこうしたイベントに、午後の頭が単純な作業に飽いてきた時間に参加することが出来ればもっと楽しいだろうと思いました。私にとって朝とは「最高に頭が冴えている時間」であり、ひとりでやっつけるべき作業を行うに相応しい時間帯であるようです。私にとっては、頭が鈍ってきた午後や、変化に乏しい会社組織の中に身を沈めてきた終業後こそ、こうした他人とのコミュニケーションを持つに相応しい時間帯なのかもしれません。

こうして考えてみると、私に向いているのは朝活ではなく夕活なのでしょう。

ゆのきは仕事なんて欲しくないのかもしれない

今回も多くの方と名刺を交換させていただくことができました。私の一番新しい名刺には「PHPJavascript・HTML・CSS」と、コーディングができることを示す単語が書き連ねられています。これはFacebookを経由した実名ベースのコミュニティへの参加が増えたことで追加した要素であり、実際この単語を見て「仕事を紹介できるかもしれない」と言って下さる方もいました。

しかしこのイベントに参加していたとき、私は「ゆのき」のつもりで参加していたのでしょう。仕事を紹介されることや富山に本社がある自分の所属する会社名を口にするのに、とても違和感がありました。もしかすると、「ゆのき」としての私は労働力として見られたくないのかもしれません。

(このブログが鬱と戦いながら、趣味に力を入れることができなくなり、血反吐を吐く思いで仕事をしていたときに始まったことを思うと当然なのかもしれませんが)

 

とは言いつつも「ゆのき」の中の人と実際に話してみて、「信用のおける人間だ」と思ってお仕事のお話をいただけるなら大歓迎ですよ!

それでは、また。

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