続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

Twitterの呟きから垣間見える「豊かさ」と「育ちの良さ」

ペルソナごとにTwitterのアカウントを持っているゆのきです。「コスプレも同人活動もするオタク」であるゆのきのアカウントのタイムラインには、同じような経済状況にあるユーザーの呟きが自然と多くなります。すると、自然と「生活の豊かさ」や「育ちの良さ」の差が浮き彫りになってきます。

コンテンツの購入に金銭を、創作活動に時間を投じる女性たち

私と同じような経済状況にあるユーザーとは、即ち本とコミックスとDVDとアニメグッズと同人誌の印刷代と服に収入の多くを投じる20代の女性たちのことです。彼氏や旦那がいたりいなかったり、家族と住んでいたりいなかったりという差はあれど、支出の内訳はほぼ同じです。

オタクでいるにはお金がかかります。そのクラスタの中に貧困に喘ぐ人はいません。学生はいざとなれば実家に帰ればご飯が食べられます。一人暮らしのOLは安定した職業に就いています。フリーターは実家に住んでいることが多いです。

「呟き」から垣間見える「生活の豊かさ」と「育ちの良さ」

同じような経済状況でも、日々の暮らし方は千差万別です。食事の内容や何ということもない行動、部屋のインテリアを「呟く」ことで、その差が露わになってきます。

例えば食事の場合、「ファーストフードやコンビニの弁当で済ませる人」「ワンプレートで済む料理を作る人」「主菜以外に汁物や副菜を用意する人」がいますが、より「生活が豊か」で「育ちが良い」ように見えるのはどの人でしょうか。きっと後者ほど「生活が豊か」で「育ちが良い」ように見えるはずです。何故なら、その人たちは食事を「カロリーの摂取」ではなく「楽しむもの」として育ってきたはずだからです。

例えば家族関係の場合、「母親の誕生日を祝うために実家に帰る人」や「祖母の誕生日を祝うために実家に帰る人」、「祖母の誕生日に合わせて一族が会する人」などは「生活が豊か」で「育ちが良い」ように見えるでしょう。お互いの誕生日を家族が重んじるだけの心の余裕があり、かつそれが当たり前の家庭に育ってきたはずだからです。

創作というステージで裏づけされる「豊かさ」と「育ち」

同人誌を書き、また同じように同人誌を書く人たちと仲良くなってみて分かりました。Twitterから垣間見える「豊かさ」と「育ち」は作品に表れます。美味しいご飯を作って食べている人の描く食卓は明るく暖かそうで、ドライな家庭に育った人の描く自立と孤高は冷たくうつくしい。

そうして思い知ったのです。「私には暖かい食卓は書けない。私には極端にドライな家族は書けない。何故ならそんなものを私は知らないからだ。」

 

時々「豊か」で「育ちの良い」人たちのツイートを見ていてひどく空しくなることがあります。あるいは、抑え難い憎悪にキーボードを叩く指が滑ってしまいそうになります。そういうとき、Twitterは本当に恐ろしい「コンプレックスの触媒」だと感じるのです。

それでは、また。

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