続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

ブログ記事での「です・ます」「だ・である」の使い分け

このブログを始めてから11ヶ月ほど経とうとしていますが、その間一貫して気をつけていることがあるゆのきです。

私が一貫して気をつけていること――それは、「ブログ記事は基本的に『です・ます』調で書く」ということです。部分的に体言止めや、ツッコミとしての台詞(「そーじゃねーよ」など)を差し挟むことがありますが、それは元々の文体の癖です。

※余談ですが、私の書く小説は「体言止めや現在形でたたみかける」という手法をしばしば用いているため、親しい友人たちは「息が苦しくなる」と口々に言います。また、地の文に含まれる台詞は私の声で再生されてしまうそうです。

思考は「だ・である」調

私は何か物事を考えるとき、頭の中では「だ・である」調で文章化されていることが多いです。大学時代にレポートをひたすら書かされたことや、小説を書いていることが影響しているのかもしれません。この記事の冒頭部も、脳内では以下のように「だ・である」調で生まれ出ています。

私が一貫して気をつけていること――それは、「ブログ記事は基本的に『です・ます』調で書く」ということだ。部分的に体言止めや、ツッコミとしての台詞(「そーじゃねーよ」など)を差し挟むことがあるが、それは元々の文体の癖である。

「です・ます」調でアウトプットする理由

「だ・である」調の思考をわざわざ「です・ます」調でアウトプットすることにはふたつの理由があります。

まず第一に、素のままの思考を垂れ流すことで他人を攻撃しないようにすることです。頭の中にある「思考」には多くの毒が含まれています。これをオブラートで包む作業こそが「です・ます」調への加工です。私にとって「です・ます」調への加工は自省・自制の過程なのです。

そして第二に、文章で人に何かを伝えようとしていることを忘れないようにすることです。上で述べた通り、「です・ます」調は自省・自制をする過程です。その過程を踏むことで「私は今誰かに文章で自分の考えを伝えようとしているんだ」と自覚することになるのです。

「です・ます」調のメリットとデメリット

「です・ます」調で記事を書くことのメリットはここまでで述べた通りです。勿論、「です・ます」調にはデメリットもあります。

まず、単純に文字数が多くなってしまうため文章が長くなってしまうこと。そして、思考を加工してから出力するために冗長な表現になってしまうこと。また、加工する過程を踏むことで執筆スピードが遅くなってしまうこともデメリットのひとつでしょう。

しかし、これらのデメリットと比較してもメリットの方を重視すべきだと考えて、私は「です・ます」調でアウトプットすることを選んでいます。

 

これまで「○○さんが『です・ます』調だから」という理由でなんとなく「です・ます」調を使っていた方も、「だ・である」調と「です・ます」調のどちらが自分に合っているか改めて検討してみては如何でしょうか。

それでは、また。

伝わる!文章力が身につく本

伝わる!文章力が身につく本

track feed すみっこの記