続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

SFが読めない人はイメージの畑を耕すことから始めよう

マルドゥック・スクランブル』シリーズを読破し、『虐殺器官』を読みながら、@さんの口車に乗せられて『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を購入してしまったゆのきです。323円とか目を剥く価格だったんだもの……。

高校生はSFのイメージを描けるか?

高校生のとき、『マルドゥック・スクランブル』を店頭で手に取ったことがあります。

その時の私はサイエンス・フィクションというものに全く縁のない少女でした。小学生~高校生時代の私が主に読んでいたのは、赤川次郎有栖川有栖といったミステリと、『スレイヤーズ!』シリーズや『ちょー』シリーズといった剣と魔法のファンタジー作品群でした。遊んでいたゲームもほとんどがファンタジーであり、唯一SF的要素を含んでいたであろう『スターオーシャン・セカンドストーリー』はSF要素に到達する前に投げ出してしまいました。

そんなファンタジー漬けだった私には『マルドゥック・スクランブル』で描かれる近未来の世界観をイメージすることができませんでした。私は複雑怪奇なものを見たような気分で本を棚に戻したのです。

ちょー美女と野獣 (ちょーシリーズ) (コバルト文庫)

ちょー美女と野獣 (ちょーシリーズ) (コバルト文庫)

イメージの畑を耕す

大学生以降、「レンタルビデオ」や「動画共有サイト」というものが私の生活の中に入り込んできました。『機動戦艦ナデシコ』を、『ラーゼフォン』を、『マクロスF』を見ることで私にはそれまでなかった「SF的イメージ」がもたらされたのです。また、『FINAL FANTASY』シリーズや『真・女神転生』シリーズといったSF要素を含むゲームに手を出すようになったことも頭の中の「SF的イメージ」の畑を耕してくれたはずです。

今の彼氏と付き合うようになってからは映画を見るようになりました。元々、私の実家には「映画を見る」という文化がありませんでした。『特攻野郎Aチーム』や『エクスペンダブルズ』、『スターリングラード』、『BLACK LAGOON』や『ヨルムンガンド』といったガンアクションを中心にした作品が私のイメージの畑を耕して行きました。

畑に水を撒く

マルドゥック・スクランブル』とはアニメ映画という形で再会を果たしました。映像化された近未来の光景は私の中にきちんとしみこみましたが、それは単に「映像化されているから」だけではないでしょう。SF作品とガンアクション作品がイメージの畑を耕してくれていたから理解ができたのです。

そして『マルドゥック・スクランブル』のアニメ映画はさらに私のイメージの畑を耕し、かつて棚に戻した原作を読ませるに至ったのです。『虐殺器官』が読めるのも『マルドゥック・スクランブル』の原作がイメージの畑を耕してくれたからでしょう。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

人のイメージとはこのように――畑を耕すように――育てられていくのだな、と身を持って実感しました。

それでは、また。

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