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続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

ライフプランに「運転免許取得」が含まれない地域は都会

以前@さんが「なんで東京の人って自転車乗ってるときフラフラしてんの?」と言っているのを聞いて「あーあるある」と同意したことがあります。

巣鴨駅前の地蔵通り商店街から庚申塚商栄会、板橋駅前辺りに至る旧中山道は中学・高校・大学がある上に、一本裏道に入れば昔ながらの住宅街なだけあって自転車が阿呆ほど通るのですが、学生は後方確認とか絶対しないです。老齢の方はそれに加えて「歩いても一緒じゃね?」というほど遅かったり、「ちょっ、おじいちゃん大丈夫?」と言いたくなるほどフラフラしていたりします。女性の場合はさらに2台並んで喋りながらのんびり漕いでいらっしゃって、ペダルが絡まって転倒すればいいのにもっと速く走らせるか1列になってくれればいいのに、と思うことがしばしばあります。

それからこれが重大なのですが、夜間の無灯火率が9割越え。

車を運転する人には分かってもらえると思うのですが、時速10kmで移動してくる無灯火の自転車は脅威です。引っ掛けて轢き殺してこっちが罪に問われるのが理不尽だと思うくらい怖いですいっぺん轢かれてみればいいのに

私は沸点が物凄く低くて、無灯火とか後方確認をしないとかそういうウザい運転をする自転車が目の前にいると簡単に脳みそが煮えくり返るのですが、最近こう考えることで心の平静を保つことができるようになりました。

「ああ、この人は運転免許も取れないほど貧乏な生活だったんだ。かわいそうに。」

運転免許を取れない(取らない)理由は貧乏に限らないでしょうし、運転免許を持っていなくても痛くも痒くもない人は大勢いると分かってはいますが、「かわいそうに」と思うことで私の心が穏やかになるので放っておいていただけると幸いです。

ここまで前置き。

3行でわかるこの記事

  • 運転免許を取って当たり前の地域と、そうでない地域がある
  • 前者は後者より間違いなく田舎である
  • 身分証明書としての運転免許のパフォーマンスははんぱない

運転免許がないと生きていけない世界

私が生まれ育ったのは富山県の沿岸部です。秋は毎日飽きることなく雨が降り、冬は阿呆ほど雪が降り、その雪が凍結し、冬の終わりには路傍の看板を薙ぎ倒すような風が吹く地域です。ついでに言うと集落と集落は田畑で隔絶されており、最寄のコンビニまでは自転車で10分、最寄の駅までは20分かかります。

そんな場所で生まれ育つと「学生のうちに運転免許を取得する」ことや「社会人になると車を所有する」ことが当然のようにライフプランに組み込まれてくるわけです。子供はみんな「将来は車を運転するんだ」と思っていますし、大人もみんな「社会人はみんな車を持っている」と思っています。都市開発は「自家用車ありき」で想定され、「うちは農家で軽トラ運転しなくちゃいけないからMTで免許取らなきゃ」と言う小学生がそこらじゅうにいるわけです。今どきは軽トラもATですけどね。うちの実家とか。

写真つき身分証明書の必要性

オタクをやっているうちに東京や大阪に住む人と仲良くなりましたが、多くの人が運転免許を持っていないことにカルチャーショックを受けました。住んでみれば納得するのですが、南関東に住んでいる限り車なんてあっても邪魔なだけなんですよね。駐車場は高いしガソリンは高いし自動車税は高いし道は細い。そもそもどこに住んでも15分も歩けば駅かバス停がありますから。しかも5分とか10分おきに電車(バス)が来る。おかげで時刻表を見る習慣が無くなって富山に帰ると往生します。

それにも関わらず何故「運転免許を持っている・持っていない」という話題になるかというと、「顔写真つきの身分証明書を持っていないと18禁の同人誌が買えない」というケースが最近増えてきたからです。酒や煙草を購入する際の年齢確認が徹底されるようになっている昨今ですが、それは同人誌即売会でも同じで「顔写真つきの身分証明書がなければ18禁同人誌を売らない」というサークルも多くなってきています。

顔写真つきで年齢が確認できる身分証明書は意外と少ないものです。運転免許以外では学生証かtaspoぐらいじゃないでしょうか。そういうわけで、煙草も吸わない運転免許証を持っていない人たちは大学なり専門学校なりの学生証を手放してから「あ、写真つき身分証明書がない」となるのです。

運転免許証というのは顔写真と生年月日と現住所が確認できる、実に優れた身分証明書です。これ一枚作っておけば大抵の契約は乗り切れます。ついでに車も運転できます。さらに道路交通法も学べます。20万の初期投資は安いものだと思います。

どうして大人になってから時間があると思った?

「大人になるまでに運転免許を持たなくてはならない」と思いながら子供時代をすごした人間としては、都市部に生まれ育った人たちがよく言う「大人になってから取ればいいと思った」という言葉に目を剥きそうになります。

社会人にそんな時間的余裕がどこにあるんだ。知ってるか、東京の夜景は大人の残業でできてるんだぜ?

現に「大人になってから取ればいいと思った」とか言っている知り合いはみんな免許取りに行く時間がない人ばかりです。仕事以外の時間を家事と遊びと原稿に費やしてるくせにどうして大人になってから免許取る時間が取れると思ったの?バカなの?

高校3年生の3月とか浮かれてディズニーランドに行こうとしてる子が多いと思いますけど、親から金借りてでも20万出して2週間使って運転免許取れよ。ディズニーランドとかいつでも行けるだろ。それよりまとまった時間と体力と記憶力があるのは今のうちだけなんだよ。と、DQ8で高3の3月を溶かしちゃって大3になってから超時間かけて免許取った人間として忠告したい。

ライフプランに「運転免許取得」が含まれない地域は都会

なんだか脱線しましたが記事タイトルに戻ります。

北区在住者は港区と地元を比べて「田舎だ」と言いますし、東京都市部在住者は23区と地元を比べて「田舎だ」と言いますし、奈良県民は梅田と地元を比べて「田舎だ」と言いますが、これだけは間違いなくいえると思います。

運転免許取得が当たり前じゃないなら、当たり前な地域に比べると都会。

田舎者にとっちゃ車は道楽じゃないです、都会人の財布に入ってる鉄道各社のICカードと同じです。大事なことなのでもう一度言います。

運転免許取得が当たり前じゃないなら、当たり前な地域に比べると都会。

だから横浜生まれの友人某、君が私や私の同郷の友人に向かって「私の住んでるところ田舎だよ」なんて言うのは絶対に許しません。それからさっさと運転免許取ってこい。

それでは、また。

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