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続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

ソーシャルメディアは異端者を率いる自由の女神である

「どうしても東京の大学に行きたいなら東大に受かりなさい。浪人も私大も認めません」。小学校時代から両親にこう言われて育った私の東京コンプレックス(と学歴コンプレックス)は自分でも呆れる凄まじさがあります。新卒採用試験の最終面接で「東京勤務でなければ入社しない」と社長相手に啖呵を切ったのは、今となっては背筋が凍る思いです。

今回はこちらの記事について、一地方出身者からの意見を述べさせていただきます。

ソーシャルメディアの発達により地方が悲惨なことになるんじゃないか?という考え | InafukuKazuya.lifelog
身近な人には話をしてますが、 ソーシャルメディアやネットサービスが発達すればするほど 地方は悲惨なことになるんじゃないのか?という お話です。 ...

こちらの記事での@さんの意見を、私は以下のように解釈しました。

  1. ソーシャルメディアの発達は人と人が結びつく機会を増やす
  2. 人口、チャンス、イベント、就職先、どれをとっても東京の方が多い
  3. 地方から東京への人口流出が激化(地方が悲惨)するのではないか?
  4. とはいえ、地方でもクラウドソーシングを用いて仕事を請けることはできる
  5. 地方でコミュニケーションの場を作ろうとする人もいる

以上を踏まえて「ソーシャルメディアの発達により地方が悲惨なことになるのか?」を考えてみたいと思います。

刺激を求める人と求めない人

ところで、まず、東京がどうの地方がどうのという話を一旦頭から放り出しましょう。そして純粋に「人間の資質」というものについて考えてみましょう。

人間の資質として、「刺激を求めるかどうか」というものがあります。

実例を挙げますと私と私の彼氏なんかがこれに当たります。私は新作の服が好きで、新しい出会いが好きで、創作活動が好きで、面白い作品が好きで、そういったものにはクマーッとばかりに釣られます。そんな私を彼氏は生ぬるい目で見ています。最近言われた中で印象的だったのは「休日使って人と喋ろうとする意味が分からない」です。「私は平日誰とも喋ってない」と論破しましたけど。

Twitterの使い方も対照的です。私は知らない人をどんどんフォローしますが、彼氏は平野耕太とかフィンランド大使館とかの有名どころと、友人しかフォローしていません。同じソーシャルメディアを使っていても人間の資質によって使い方はかなり異なってくるはずです。

能動的か受動的か

人間の資質として、「能動的か受動的か」というものも挙げてみます。

実例としては私の十代と二十代がこれにあたるんじゃないでしょうか。

私の十代というと「○○高校に入って国公立の四大を出てね。でも大都市はだめだよ。東京に住みたいなら東大一本だからね。あ、私立大学も浪人も絶対に許さないよ」という両親の呪いに従って生きていました。幸い、ぼーっとしていても××高校(○○高校と同ランク)を卒業してC(D?)ラン国立四大にぶっちぎりA判定で入れるくらいの脳みそはあった。声優になれたらいいなぁ、ラノベ作家になれたらいいなぁ、そんな憧れを抱きつつも何一つ実行に移そうとしなかったそんな受身の十余年。

「あ、私このままだときっと何ものにもなれずに死ぬわ」と思ったのが二十代になってから。親が考えもしないようなアルバイトを始めて、そのお金でコスプレしたり東京の大規模同人誌即売会に出たりしていました。それから東京に赴任して「ゆのき」になったわけですけれども。

今では十代の私について「何このワナビ」と思いますし、十代の私が今の私を見たら「なんでこの人こんながっついてるの……怖いわ……」と思うでしょう。

東京という異界

人間を「刺激を求めるかどうか」「能動的かどうか」の2軸で分けた場合、「刺激を求めない受動的な人々」が結構な割合でいるはずです。

そこでいうと東京という場所は異常です。電車一本乗るだけで、駅構内のポスターやフリーペーパーから、車窓の景色から、車内の中吊りから大量の情報が押し寄せてきます。テレビの局数も多いですしとにかく「ただ生活するだけ」で情報がこっちへやって来ます。

つまり「刺激を求めない受動的な人々」でさえ刺激を受けざるを得ない状況になっているわけで、この人たちの存在は東京では見えにくくなりがちです。

「東京以外全部田舎」なんじゃなくて「東京だけが異界」なんだと私は思っています。そりゃ幻光虫も飛ぶわ。

刺激を求める能動的な異端者、郷土愛と家族関係

以上で挙げたマトリクスで「刺激を求める能動的な人々」というのは凄まじい異端者です。もう社会の中の一握り程度しかいない変態です。だって@さんのDpubだって全てのブロガーが参加したがってるかっていうとそうじゃないじゃないですか。参加者のレポート読んで「ウフフ」って満足してる人間も多いと思うんですよ。

で、地方から東京に出てこようとするのはこの異端者たちです。異端度が高ければ高いほど早く、自発的に東京に出てきます。美大生とか音大生とか、本気でお芝居やろうとする人はそうじゃないですか?

ただこの異端者を引き止める要素が「郷土愛」と「家族関係」だと思っています。

この前Facebookで保育園から中学校まで一緒だった子の友達をぼーっと見ていまして、中学時代すごく野心的だった子が地元に残っていたり、東大京大一橋筑波を出たような子が普通に地元企業に就職してて仰天しました。彼らは多分、ものすごく郷土愛が強かったか、家族関係的な理由(長男長女だとか一人っ子だとか)で地元を離れ得なかったんだと思います。

で、この「郷土愛」や「家族関係」も地価の高い東京だと見えなくなりがちなんですけど、一生地元で暮らす人や社会人になっても実家で暮らす人が関東ってめちゃくちゃ多いですよね。上京してみてすごくびっくりしました。

田舎から東京に出てこられる異端者は、異端者の中でもごく少数の、「郷土愛が小さく、家庭から独立しても問題のない、経済的余裕のある人間」だけです。

ソーシャルメディアは背中を押すだけにすぎない

やたらと前置きが長くなりましたが、「ソーシャルメディアが発達したからといって地方が悲惨なことになるわけではない」と思います。

ソーシャルメディアの発達は放っておいても東京に出てくる異端者たちの背中を後押しするだけで、大規模な人口流出の原因にはなりません。むしろ、昨年@さんのセミナーを富山でやったときに感じたのですが、@さんの言うとおり地元にコミュニティを作ろうという動きが各地で起こっているようです。

情報格差がなくならないこと

むしろこの先地方が悲惨になっていく(というより、東京の異界化が進む)ことがあるとすれば、情報格差がいつまで経ってもなくならないことが原因だと思います。

どれだけウェブサービスが向上しようと、どれだけTVの放送内容が画一化されていこうと、企業のマーケティングの力の入れ方は東京>>(超えられない壁)>>政令指定都市>>(ユーラシアプレート)>>地方のはずです。上で述べたとおり、ぼーっとしているだけで情報が雪崩れ込んでくるかどうか、は大きな格差を生み出していくでしょう。

 

そのうち日本は東京とそれ以外になっちゃうんじゃないでしょうか、とか思わないでもないです。そうなったら兵糧攻めにされて東京23区は滅亡しますね。

それでは、また。

アルティメット ヒッツ ファイナルファンタジーX

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