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続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

書く人と書かない人のあいだ

創作活動に関わる人間は、ふたつの人種に分けることができます。「書く(描く)人」と「書かない(描かない)人」です。かつてこの現実についてゲームメーカーに勤める知人に話したことがあります。

「正直言って書かない人がどうして書かないのか分からないんだよ」

私の言葉に対し、彼はこう返しました。

「そう考えるのは創り出せる人間のエゴだよ」

何故書く(描く)のか

私が初めて読んだ小説は赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズでした。小学生の頃でしょうか。その頃は推理小説作家になりたくて、赤川次郎の影響を多大に受けた小説――のようなもの――を書きなぐっていた記憶があります。

また、私は『なかよし』『りぼん』の敬虔な読者でした。小学校時代はひたすら種村有菜の絵を模写していた記憶があります。『神風怪盗ジャンヌ』『怪盗セイント・テール』『ナースエンジェルりりかSOS』といった魔法少女ものに多大な影響を受け、中学校まで続いた友人たちとの交換ノートでも漫画を連載していました。

さて、では私は何故「書く」「描く」ことを選んだのでしょうか。それは「読むだけでは飽き足らなかったから」に他なりません。中学時代に「二次創作」というジャンルに足を踏み入れて以来、ほとんどずっと二次創作という沼に身を沈めてきたのは、他でもなく読むだけでは湧き上がる燃え(萌え)を消化できなかったからです。

三毛猫ホームズの推理 (角川文庫)

三毛猫ホームズの推理 (角川文庫)

神風怪盗ジャンヌ 完全版 1 (集英社ガールズコミックス)

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怪盗セイント・テール新装版(1) (KCデラックス)

怪盗セイント・テール新装版(1) (KCデラックス)

ナースエンジェルりりかSOS 1 (りぼんマスコットコミックス)

ナースエンジェルりりかSOS 1 (りぼんマスコットコミックス)

「書く(描く)人」の性質

書く(描く)人間は日常生活の些細な出来事から実用書の内容まで、あらゆる情報を「創作活動にどのように生かすか」という視点で見がちです。(これはブロガーにも言えることでしょう。ブログを書くということも一種の創作活動だと思います。)

私たちは設定を掘り下げ、噛み砕き、自分の中にストックしていきます。そうしてここぞというときに放出するのです。さらに二次創作であれば原作の解釈が、一次創作であれば自身との対話が必要になるでしょう。

文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい - デマこいてんじゃねえ!
人を引きつける文章、誰かの心に響く文章。そういう文章を書くためには、たくさんのひきだしから多彩な知識を取り出さなければいけない。そして、そういう知識は短期間では身につかないのだ。 ...

書かない人の正体

上で述べたとおり、私は20年近く「書く(描く)人」の立場に立ってきました。「書かない(描かない)人」が何故書かない(描かない)のかについては、未だに理由が分かっていません。しかし多くの人と関わりを持つようになったことで、多少の想像はできるようになってきました。

書かない(描かない)人は大きく分けて2種類の人種に分けられるように思われます。ひとつは「書く(描く)気がない人」、もうひとつは「書けない(描けない)と思っている人」です。

書く(描く)気がない人

書く(描く)気がない人はそもそも自分で作り出すことに興味がない人です。日々規模を拡大するコンテンツ産業の前では、特に自分から手を動かさなくとも面白い、美しい、楽しいコンテンツがいくらでも押し寄せてきます。それらだけを純粋に受け取り楽しめる人は書いたり描いたりといった行為に手をつけることはないでしょう。

書けない(描けない)と思っている人

書けない(描けない)と思っている人の多くは理想が高すぎる人であるように思われます。世間にはプロ・アマ問わず完成度の高い作品が多く存在します。その尖塔が高くそびえる壮麗な大聖堂を目の前にして、「同じものを築けるはずがない」と思い込んでいるのです。

しかし、言うまでもなく、最初から大聖堂を築ける建築家はいません。最初は小さな家から、もっと言えば犬小屋や小鳥の巣箱から作り始めるものです。それは決して恥じるべきことではなく、ひとつひとつの小さな「完成」によって大聖堂への道は近づいていくのです。

 

生産者という立場に在ると、「○○な××ください!」という消費者の言葉が鬱陶しく感じられることがあります。誰でも書くことはできるはずなのに、と思うのはやはり「書ける」人間のエゴなのでしょう。

それでは、また。

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