続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

「社畜」のトレンド化はすごく危ない

うちの家主の職場がやばいらしい。うちの家主は一回適応障害で休職したことがあるのだが、それがぶり返すレベルの劣悪な職務環境らしい。どうもFacebookの投稿を見る限り、家主と同じ職場にいる今年新卒で入ってきた男の子も自律神経失調症を起こしているように見える。それに気づいてはっとした。

「社畜」であることを「当たり前」だと捉えてしまう世代

私が新卒で入社した頃、「社畜」という言葉は決して一般的ではなかった。

会社に飼い慣らされてしまい、一般的な倫理観を失った者。広義には、経営者ではない、雇用される側を指す。

小説家の安土敏が1980年代ごろに考案し、その後に評論家の佐高信が使用したことで広まったとされる。

引用元:社畜とは - はてなキーワード

私たちの世代(いわゆるハチロク世代というやつだ)は「社畜」という生き方を社会に出てから目の当たりにした。その頃「社畜」という言葉は社畜自身が自らを嘲って呼ぶ言葉にすぎなかった。入社したばかりの仕事もできない小娘が「社畜」と名乗るのはおこがましい、そんな雰囲気があった。

しかしこの2、3年ほどで「社畜」という言葉は一気にトレンド化した。Twitterでの「シェア」の定着とまとめブログの隆盛、日本各地での災害がそれを後押ししたように思う。Twitterでもはてブでも匿ダでも何でもいいが、「社畜」という言葉を目にしない日はないと思う。

ゆとり世代」と呼ばれた世代は「社畜」という言葉が当たり前になった時代に社会人になった。Twitterとニコ動とまとめブログが主な情報源である彼らは、「会社員になること」と「社畜になること」を同義語だととらえてしまっていないだろうか?

「社畜」は当たり前の状態ではない

第二新卒のラインも越えた人たちには分かるだろうが、「社畜」は決して当たり前ではない。すべての職場がブラックなわけではなく、給料に見合った働きをしていればそれで充分な職場の方が多いからこそ「社畜」は異常なのだ。

だが、それ以下の世代は「社畜」がステータス異常であることに気づけない。何故なら誰もが自分を「社畜」と呼んでいるからだ。「ボーナスか? 欲しけりゃくれてやる。働け! この世の全てをリーマンショック前に置いてきた!」会社員たちは社畜を自称し、社畜という言葉をTwitter2ちゃんねるに垂れ流し続ける。世はまさに大社畜時代!

毒の沼地では「どく」状態に気づけない

RPGにはしばしば「毒の沼地」をはじめとした「ダメージ床」が登場する。一歩歩くごとに体力を削られる地面のことだ。同時に「どく」というステータス異常も存在する。こちらも歩く度に体力が削られる。

さて、毒の沼地を歩いているキャラクターは自分が「どく」になっていることに気づけるだろうか?

私が「危ない」と思ったのはこれである。私はうつ状態のために休職を経験したが、「身体をボロボロにしながら働く」ということが「異常である」という認識を持つことができなければ、心療内科にも行かず当時の職場近くの高架からオレンジの電車に飛び込んでいただろう。

では大社畜時代に社会に放り出された彼らはどうだ?自分がボロ雑巾のように扱われて、身も心もズタズタになって、その状態が異常だと気づけるのか?

過酷な職場では「ゆとり世代」への配慮が必要

以上のことをふまえて、過酷な職場では「ゆとり世代」への配慮が必要だと思う。彼らが「ゆとり」だからではない。彼らが「正常な職場」を知らないからだ。「俺が苦労したんだからゆとりも苦労すべきだ」という考え方は何も解決しない。「ゆとり世代」が過ごす新人時代は過酷を極めている。

負の連鎖を断ち切るために、今一度「ニュートラルな状態」を身につけさせることが必要だ。

脱社畜の働き方~会社に人生を支配されない34の思考法

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