続・すみっこの記

富山生まれ下請けIT育ちのフリーライターが布団の中からお送りします

【艦これ】春イベントにおける兵站の重要性【E-3】

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 明日は雨になるらしい。

 薄緋色の髪を髪留めでひとつに束ねた少女が、重い足取りで廊下を歩く私の斜め後ろに付き従いながら留守中に得られた情報を報告してくれた。「明日が雨になる」というのは、その中に含まれていた観測班からの情報である。

「ありがとう、不知火。君も休んでくれ、――……」

 すまない。そう続けそうになった言葉を私は飲み込んだ。几帳面な陽炎型駆逐艦二番艦は低い声で頷き、その場で立ち止まって踵を返した。司令室のドアの前で去っていく小さな後ろ姿を見送る。艤装を外した身体は衣類こそ新しいものを身につけていたものの、片腕と片脚の表面は鈍い金属光沢を放っていた。

 改めて司令室に足を踏み入れた私は簡素な執務机に向かって座った。安い椅子が軋む。特殊作戦のために急拵えで用意された施設内の司令室はラバウル基地のそれとは異なり、最低限の家具が乱雑に置かれているだけであった。

 机の上に肘をつき、薄暗い室内をぼんやりと見ながら私は不知火の報告を反芻する。

 留守中、泊地周辺海域での対潜水艦海上護衛作戦により駆逐艦二隻が大破、駆逐艦五隻・軽巡洋艦二隻が中破した。また、今回の特殊作戦――ポートワイン沖の港湾棲鬼討伐作戦において戦艦陸奥が大破、航空戦艦伊勢・日向および重巡洋艦足柄が中破、戦艦長門および正規空母赤城・瑞鶴が小破している。

 そして、今しがた帰還した重巡洋艦愛宕を旗艦とした第一艦隊は戦艦一隻を失い、半分の艦が中破以上の損害を受けて修繕用ドックに入渠した。倒すべき鬼は未だ斃れず、しぶとく深海棲艦の寄港地として機能している。

 今回の特殊作戦において、私は「無能」という誹りを受けずにはおれぬだろう。基地から遠く離れたこの泊地の兵站は完全に破綻していた。十分な資材の備蓄なしに任地に赴いた私の失策だ。

 港湾棲鬼へと至る三海域は、重巡洋艦以上の重装甲艦でなければまともに戦えない青く波打つ地獄だった。フラグシップ深海棲艦が徘徊する海域に、私は艦隊構成を変え、高速修復剤を二百ほども消費し、応急修理要員を四班失いながら第一艦隊を送り込み続けた。そしてその度に彼女たちは艤装を破壊され、身体の一部を吹き飛ばされて帰ってきた。

 艦娘と一般的な人間の大きな違いは、艦娘たちの身体が艤装と馴染むよう、身体の至るところの組織が金属繊維に置換されているところである。彼女たちの体内に注入され、常に一定量を保つよう自然増殖するようになっているナノマシンが金属繊維を操り、彼女たちの身体を「ヒト」の形に保っているのだ。

 大きな損傷を受けると体内の金属繊維が大量に失われ、「ヒト」の姿から離れていく。不知火の腕と脚が「ヒト」のそれでなかったのは彼女がほぼ大破に近い損傷を受けていたからに他ならない。彼女は駆逐艦だ。ダメージを受けやすいが、回復させるために必要な鋼材と燃料も少なくて済む。しかし、今この泊地には駆逐艦一隻回復させるだけの資源すら無い。大型火力を誇る長門型や伊勢型の修復など不可能だ。

 大本営の意向による条件付きの資源供給ももはや途絶えた。我が艦隊は見放されたのだ、任務を全うできぬと。

 私は目を閉じた。視覚が途絶えるとそれ以外の感覚が鋭くなる。打ち寄せる波の音がはっきりと聞こえる。

 

「……クヤ、シイ……ネ」

 輸送船の中で、皮膚の大半を失った金剛が絞り出すように呟いた。それは快活な少女の嘆きではなく、破損し軋む兵器のざらついた呻きだった。霧島は座っていることもできず、割れた眼鏡を外して横になっていた。腰から下は「ヒト」の形をしていなかった。加賀は瞑想しており、愛宕は下唇を噛み締めて時々手で眼尻を擦っていた。

 金属繊維が互いに腕を伸ばし合い、艦載機からの爆撃によって抉られた頬が外見上修復されつつある比叡が、半壊した水上偵察機を手元で弄んでいた。敵航空隊から逃れたものの、母艦が轟沈し帰るべき場所を失った偵察機だった。

「……絶対に、許さないんだから……」

 比叡の唇から漏れた虚ろな声は、「これが運命なら」と海に沈んでいった榛名のものにも、「来るな」と拒絶する港湾棲鬼のものにも似ていた。

 

 コンコン、と控えめにドアが叩かれる。

「提督、お食事をお持ちしました」

 愛宕だった。入室を促すと豊かな金髪の女性がドアを開け、琺瑯(ほうろう)の食器を載せたトレイを持って入ってきた。机上に置かれたそれを一瞥するだけで、泊地に足りていないものが資源だけではないことを思い知る。

愛宕

「はい」

「明日は雨だ」

「はい」

「決戦は明後日になる」

「はい」

「榛名の枠には空母……そうだな、赤城を加える。天龍たちが資源と共に戻り次第入渠するよう伝えてくれ」

「了解しました」

 魂と魂を結んだ一等秘書「艦」は終始穏やかな声で答え、部屋を出て行った。

 休む間もなく資源輸送任務に勤しむ天龍たちも、修繕を後回しにされている不知火も、姉妹を失った金剛たちも、二度海の底を見た愛宕も、艦娘たちは誰も私を責めない。私は具の少ない汁物を掻き込んだ。

 明日は雨になるらしい。

 雨が止んだとき、それが最後の戦いとなる。

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